伊久磨君とは、野村朋子さん作、演出の芝居に出演した時だった。
  当時彼は金髪で短髪だった。よく稽古場に来ていたのだ。自分の身の回りには見た事の無いタイプであった。
「演劇やってる人達って、流石にカッコいい、でもちょっと怖い」というのが、初対面の印象だった。だが、偶然チラシの折り込み会場で会い、私が手間取っているとニコニコ手伝ってくれた。「怖そうだけど、優しい人なのね」と驚いた。その時好きな人がいなければ、恋に落ちていたかもしれない。
 だが、その後彼がとてつもなく不運な星の元に生まれた事がわかってきた。
  一緒に大学へチラシを配りに行くと、彼だけが首に画鋲のついた首輪をした恐ろしい人にガンを飛ばされる。ガラスの扉を無いものと思い突込んで、怪我をする。自転車に乗っていて車に衝突されて怪我をしたのに、逆ギレされ嫌がらせを受ける。
 私なら、「何故私ばかりこんな目に」と、人格に陰りが差してしまうだろう。だが、彼は自分の不運に気付かないのか、相変らずおっとりしている。
  もしかすると日常生活に生きていないのかもしれない。彼が生きているのは舞台上や妄想だけなのかもしれない。
  そう思うと合点が行く。普段は死んでいる様な目をしている事も多いが、舞台上や想像の話をする時、その目は異様にギラギラしている。不運な出来事があればあるほど、その光は増すようだ。きっとそれは彼にとって只の餌に過ぎないのだ。
  いつも伊久磨君には幸せになって欲しいと思っていた。だが、そんな事を願わなくても彼は充分幸せなのかもしれない。